押しピン

このままで良いのだろうか?

その問いに対して僕は「良いわけがない」と回答した。4年前の事である。

後悔はない。おかげで今…やっとこさ人間みたいな生活モドキが出来るようになった。感謝と自分自身の頑張りを素直に褒めたい。

しかしだ…最近…心が本当にブレブレである。

仮定の話をした所で意味はない。意味があるのはこの現実だけ。

楽しい事や興味ある事から目を背け、つまらない苦痛の中をひた走る現実。

普通は二兎を追う者は一兎を得ないから一兎を求めるらしい。だけど世の中には二兎を追って三兎を得る人もいる。半面僕のように一兎を追い続けても一兎も得られない人間だっている。

頑張りが報われてしまうとひょっとするとこの世界は滅んでしまうのかも知れない。だがしかし…それでもほんの少しでも頑張りが報われる世界が来てくれることを願う。

また明日がはじまる…。

 

はてさて

最近ひょんな事から県外の人と話す機会に恵まれている。

半径1キロ圏内で生きていた引きこもりからは考えられない事ではあるのだが、まぁ…人生いろいろありますわな。

同様に最近…結婚関連の話題をアホほど聞く。

半径1キロ圏内で生きていた引きこもりからは考えられない事ではあるのだが、ほんと…人生いろいろありますわな。

その二つに共通している事は生きてきた環境が違うって事だ。

つまりその人にとっての当たり前が、その人にとっての当たり前ではないわけだ。

コレはもう…どうしようもない問題なのかもしれない。

字面で見ると難しい事なんてないと思える。そんな問題お互いがお互いに歩み寄れば万事解決する簡単な案件。

だがしかし…当たり前が当たり前でなくなるって事は、刃傷沙汰にだってなる深い問題だったりする。

そもそもな話。人生誰だって良い事ばかりではなかったはず。大体が泣いて泣いて泣きつかれた消したい記憶のオンパレード。それでも何とかかんとか乗り越えて今日を迎えているはず。当たり前が当たり前になる過程は計り知れないわけだ。

それをやすやすと切り捨てられるのだろうか?出来るわけがないと思う。にもかかわらず、その当たり前を容易く否定されようものなら牙を突き立てたくなって当然だと言える。

1日2日の考えなら…楽に。数年でも割と何とか考えを捨て去れると思う。だけど、10年…20年…当たり前になった事を変える事は至難だと思う。

最近そんな話題に触れる度に脳裏に宿るのは、人はそもそも誰かとともに生きていく事が困難な生き物なのではないのかと言う事。そして、それにも関わらず付き合いを保てっていられる人間がいる事が、実は奇跡なのではないのかと言うこと。

何もなかった人生。

だけど、そんな人生の中で何度も出てくる何人かの名前。本当に感謝が絶えぬ。

自分を知る事とは他人を知ろうとする事。他人を知ろうとする事で見える世界がある。

おそらく小学生が気づく案件を30歳になって初めて知りました。

自分の無知さと矮小さに僕はいつまで驚かされ続けるのでしょうか?

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目安箱

言いたい事が言える世の中でありたい。

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目安箱