2019年3月27日

日常

日常

押しピン

嬉しい悲鳴がある。

最近甥や姪達の成長が超絶著しい。

昔は「おっちゃんおっちゃん」と寄って来てくれるだけだったのが、今ではいっぱしの意見をしてくるようになった。

うんうん…頑張れ若人よ。俺の屍を超えてゆけ。

そしてそれに伴って、甥や姪の目に触れる可能性のある”この世界には存在してはいけない物”を処分する事にした。

どんな人間にも必ず人には見せない闇がある。普段から病んでいる私にも、もう一段階闇がある。それは逆に言えば表なのかもしれないが…。

ま、ともかく甥や姪の目に触れてお父さんお母さんを困らせてもいけないのでそう言った物達には消えて貰う事にした。

正直…寂しい気もするのだが、形が無くなる事で物はより一層深まると気がするので、これでいいのだ。

数多の思い出よ。ありがとうね。

 

はてさて

前書きからの続きになるのだが、最近僕は終活をしている。

その最たる物が思い出の昇華だ。

この世界には本人しか意味のわからない物がある。例えば僕の持つ、20年近く前に初恋の人から貰った駄菓子の袋だ。

こんな物人からしたらゴミ中のゴミ。しかし、僕からしたら宝物。もしこれが、押し入れの奥深くのジップロックの中から見つかったら遺品整理している人間はどう思うだろう?…。

やり場のない困惑を与えるぐらいなら、僕の手で綺麗に葬りたい。

僕が書いた数えきれない絵や漫画のネーム。これは即ち何よりも明確な僕が生きた証。近い内に処分しなければ…と思っていたのだが、これらはなかなか踏ん切りがつかなかった。だけど…今日捨てる決心がついた。

なんと言うかさ…今日…バイオハザードをやっていたのよ。十年ぶりぐらいに。

すると不思議と操作ができる。そりゃ全盛期の億万分の一も動けないけど、体が操作を覚えていた。

…その時に感じた。コレこそが財産だと。

形ある物ってのは、いつかすべてなくなる。しかし、形無き物はいつまでも心に残り続ける。苦い記憶も悲しい過去も。

物を取っていたからといって結局それは記憶の一端。全てを残す事は出来ない。だけど、その時に磨いた感覚だけはいつまでもいつまでもとどまり続ける。それはどんな物よりも色濃い形で残っている。

例えもし、物を失った事で亡くなる記憶なら、それはもうその程度の物だったと諦めよう。きっと人生の1コマにもならないような出来事だったんだ。

あの日無駄に夜を語り明かした日々を僕は昨日のように思い出させる。何ひとつ形に残る物がないけれど、アレこそが僕の10代とはっきり断言できる。それこそが大切な物なんだよ。ロードオブメジャー。

そして何より形がないって事は無敵なんだ。証拠がないんだ全て偽造できる。もちろん、それはそれでとてつもなく難しい事だろうけど。

ただそこに一人の男が居ました。

それでもう十分な気がしたよ。

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目安箱

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