2021年1月26日

日常

日常

押しピン

……1人になると恐怖が押し寄せてくる。

その恐怖に名前を付けるとすると『自由』になる。

自分の人生とは自分の為にある。しかし、人間悲しいかな自分で自分を幸せにする事叶わず。なぜならこの世界のあまねく全てが相対評価の元に生まれているから。

世界が孤なら、何も存在しないのです。愛も戦争も宗教も。

それは安らぎであり、永遠の渇望でもある。

「おしまい」と誰かが告げる。

それは在りし日…母が僕を寝かしつける時に聞いた言葉。

不満たらたらだったけど、それは何よりも安心できる魔法の言葉だったのかも知れないと感じる。

 

はてさて

気づけば、自他ともに認める立派なおっさんになってしまいました。しかしそれはかつての自分が描いたおっさん像とおそろしく乖離している。

10代のオレが考える30代のおっさんはもっとしっかりして、どっしりしているおっさんだった。だから、おっさんだった。

でもさ…今の僕は全然どっしりしていない。それどころか浮き草のようにふわふわして、10代の若者を見つけてもとてもじゃないけど説教なんて出来るわけがない。むしろ10代の人間の方がしっかりと社会を眺めている姿を見ると僕は尊敬の念抱くばかり。

思い描いたおっさんにはなれなかった。だけど、ある意味思い描いたおっさんにはなれている気もする。

エスポワールに乗っている、「そうだそうだ」とガヤをして利根川に「シャラップ」と言われるおっさんにだ。

この世界には色んなおっさんがいる。だって利根川もおっさんだが、石田だっておっさんなんだ。

括りが広すぎる…それに気づけたこと自体が、自分自身がおっさんになった証拠なんだろう。

ゴミくずのおっさんの人生には何の意味もない。ただただただただた無駄に時間を浪費してきただけである。ただただね…無駄に浪費した時間にも意味が宿る。

オレはさ…おっさんになって思う。

10代の飛び降り自殺と30代の飛び降り自殺が持つ意味の違い。飛び散る鮮血と溢れ出る汚血。美しいのはどっちだろうと。

「ありがとう」とだけ書かれた2枚の遺書が放つ言葉の意味。

…そう考えるとさ…おっさんも悪くない。なんておっさんの弁護をしてしまう辺りが自分がおっさんである証明な気がする。

おい若人よ。お前の20年後はやっぱり死の事を考えているぞ。明日の朝が怖くてやっぱり震えているぞ。だけどその意味だけが変わっている。それを知りたいのなら20年間眠れない夜を超えて来い。その時にはきっと向こう20年間の眠れない夜が待っているから。

おっさんずラブ?

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目安箱

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目安箱