押しピン

サスペンスを見ていると大抵は主人公が犯人をとっ捕まえて終わりを迎える。

その際に「悔い改めて再スタートをすれば良いんだ。お前の人生はまだ終わってない。」のような台詞をよく聞く。

この言葉…安々と使っちゃダメな気がする。

実際問題この社会、犯罪者に職はないだろう。刑務所から出てきた人間の再犯率が高いのは、”そう言う人間”っというよりは、娑婆よりも務所の中の方が世界が優しいからなのではなかろうか?

そりゃね、誰だって偽善と建前は口にする。だけど、罪人を身近に置いておくなんてそう易々とできる事じゃない。だからこそ、刑務所には柵があり、監視が付いているんだろう。違うか?

生きるのはどう考えたって難し過ぎる。難しいからこそ安易な言葉を紡げない。それを攻め立てるアホは気違いだけど、そう考えている人間がいるって程度には認識しておいてね。

誰もが罪人。お前は殺人犯。その上で生きているって。

 

そんな事を思いながら『君の名は…』のレビューを見ていた。

この作品については以前ワンピースを見に行った時の予告で知っていた。

少し話がそれるが…僕は『D.C. ~ダカーポ~』と言う作品が好きである。その主要スタッフの関係で『minori』の信者でいた時代がある。新海誠とはその頃からの付き合い。

初めて『はるのあしおと』の映像を見たときに、この人は化物だ…と思うぐらいに心酔していた。

その後『ほしのこえ』、『雲の向こう』を観て、オレは完全に「駿の時代は終わった」と思うほど好きだった。

んだけど、『ef』を観ていてふとある疑問が浮かび上がり、『秒速』を観てその疑問がわかった。新海誠はPVを作る天才でしかないのよ。『秒速』を評価する人間がいるけど、あんなの『One more time,One more chance』のPVでしかない。それがわかって新海誠に興味はなくなった。

以降の作品は知らないので、下手な事は言えないが『君の名は…』のレビューや予告を見る限り、おおよそ見解としては間違ってなさそう。

 

新海誠の特徴は映像美であり、それについては新海誠の作品が嫌いな人にも一定以上の評価があり、僕もそれに付いては素晴らしいと思っていた。今日『となりのトトロ』を観るまでは。

今日トトロを観たのには深い意味はない。ただただ…何となく。だけど、その面白さに戦慄した。そして、この作品が1988年に作られている事に衝撃を受ける。だって、ZZと同じ時期の作品なんだよ。

ZZの映像も初代の頃と比べると圧倒的に素晴らしくなっている。それでも今観るとやっぱり古臭くて、作画ミスが僕にもわかる。しかし、トトロにはそれがない。それがないどころか、最近のどんな映画よりも超越して素晴らしいもん。もちろん週刊アニメと劇場アニメを比較する事が間違いなのも分かっているが、だとしてもトトロの作画は素晴らしい。

そして最も素晴らしいのが、その素晴らしさを意識させない点なのよ。

新海誠みたいな映像を見せるカットをあえて使わずに、さらっととんでもないのが来ているのよ。イラストレーターとマンガ家の意地の違いみたいな感じ。新海誠は大友克洋なのよ。

『ナウシカ』を読むと駿もそっちよりの人間なのかと思えるが、結局、駿を描いた最後の作品『風立ちぬ』でもそれは貫かれている。それがもう…笑えてきて、そして人間の業の深さを噛みしめさせて泣けてくる。

僕はさ…マンガが好きなのよ。その業の深さを生涯背負って生きなければいけない。それも昭和のな。

それじゃあダメだとわかっていながら、頑張るよ。

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目安箱

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