押しピン

明けましておめでとうございます。

大晦日や誕生日の時にも思うんだけど、節目ってのは自分で見定める物だと自負している。

新しい年になったり、元号が変わったりしても私は変わらない。

10年前と変わらず、やっぱり下道オンリーで二日で600Km夜通しで走ってた。

それでも変わった事もある。

腰が痛いし、今日は今から子守です。

誰かや世間がどうなろうと私は多分きっと何も変わらない。ただ、だからと言って同じ場所でちんちんをシコシコし続けているわけでもどうやらない。

30年後、小指の爪ほど進んだ場所でちんちんをシコシコできたら…。それでも十分なんだ。

楽しい日々をありがとうございました。

 

はてさて

「ツーカー」と言うともう死語なのかも知れないが、実に言い得て妙な言葉だと思う。

私の持論であり、敗北率99.9%を誇るオレだけの理がある。

「愛するとは糞尿に塗れる事である」

別にスカトロを愛好する訳ではなく、付き合うと言うのはマイナスを受け入れる事だと説く理論である。

この世界…外面だけで当たり障りのない付き合いをする事は実は誰でもできる。

極論、1兆あげるからセックスさせては割と簡単にできる。でも、HIVを持っている人間とセックスするのは難しいわけだ。

ピュアピュアの僕は後者を美しいと思う。それが人と人の付き合い方だと思っている。

だから僕は人と向き合う時にまずマイナスから入る。できる事を伝えるのではなく、できない事を知ってもらう。できない事はカバーして貰い、相手のできな事をコッチがカバーして立ち回る方が絶対に人間関係は円滑に行く。短所はどうしようもないから、長所を伸ばしていく考えである。

これは間違いない理論である。ただ理想論である。

敗北率99.9.%の理由はマイナスを受け入れるだけのプラス要素を誰しもが持っていないからだ。

人間誰もが精一杯。その中で敢えて相手の失敗を笑って過ごすと言うのは本当に難しい。それを超えて余りある何か、例えばピエール瀧ぐらいのすさまじさがあれば別だが、中々どうして凡人にそれは難しい。

そんなわけでほとんどに通じない理論となってしまっている。

ただ…そのほとんどの枠外がある。それは血の繋がりであったり、幼馴染や隣人に代表される切っても切れない付き合いだ。

長い付き合いはおそらく、なぁなぁとなり、圧倒的にマイナスの面を浮き彫りにしやすい。

そうなった時にどうするかだ。

僕は新しい関係を作るのが本当に得意ではない。だが、齢30にして、20年以上の付き合いをしている方々が信じられないくらいいる。中には村八分の扱いを受けているようなヤバい人もいるが、割とどうしたそこそこ付き合えている。これは相手のマイナス面を支え続けているからだと自負している。

別にむずかしい事ではない。無茶振りやありえない行動を笑っていられたら問題ない。それに対して殺意を覚えたらもうダメだと言う話。誰とでも付き合ってきたわけではない。切ってきた関係は山のようにあるわけだから。

何を望むかではなく、何を許せるか。

それこそがこの世界の美しさだと思っております。

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目安箱

言いたい事が言える世の中でありたい。

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目安箱