押しピン

オナニー…またの名を自慰。

読んで字の如く「自分自身を慰める」事を差す。転じてオナニーだな。

童貞だからわからないんだけど、多分人生はオナニーかセックスなんだと思う。

ほんとはどちらが欠けてもダメなんだけど、最悪どちらかには傾いていれば人は生きて行けると思う。

私は人生オナニー人生です。

メンヘルセックス依存症なんかは人生セックス人生なんでしょう。

…結局的に人は独りでは生きていけない。

そのための手段はまともに成長できた人間にとっては容易い事だが、それ叶わぬ人間にとっては死活問題になりうるほど難しい。

快楽ってのは付随物。問題はその根底にあると考える。

アナタ様が気持ち悪いと軽蔑するそれは、生き抜くために必死になって獲得したマイナスアビリティである。本当はそんな物無くなってしまうのが一番だが、それがなければ今日まで生きて行くことが出来なかった古い親友。

それを頭ごなしに否定してしまったら…。

戦争の始まりだ。

 

はてさて

15日、16日。死にゆく準備を始める。

割とマジでもうこの世界に未練がない。

今死んでも良い人生だったと振り返られる。

問題は、それによって残された人と、残された物だ。

最近周りで人がボンボン死に、その遺品の片づけに四苦八苦している姿をよく見る。

自分でなら容易く捨てられる物も、親や子の手からは捨てられない物になってしまう現象は、どこにでも起こりうる光景。それを無くしておいてあげたいのだ。

もちろん価値のある物をどうこうしようとは思わない。それは甥や姪が引き継いでくれればいいし、要らないなら売れば金になる。そう言ったわかりやすい物は置いておき、どうしようもない物を処分したいのだ。

例えば、萌え系グッズとか…。

っとまぁ、そんなアレやコレの片づけをしているのだが、その中でどうしても手が出せなかったマンガを処分した。

なんと言うか…コレでも一応元マンガ家志望。マンガだけは大いなる財産と思い一切手を出していなかった。だけど、それももう限界。単純に増えすぎたマンガで家が潰れかけているのも事実。処分せざるを得ないわけだ。

そんなわけで選別を行った。おそらく4000冊近くある中から300冊位を処分した。本当は500冊位処分するはずだったんだけど、選別作業をしている最中にペラペラ読んでいると、やっぱり面白い…。読む事はもうないかもしれないが、それらは後世に残すべき面白さと思い選別外にしてしまった。

どうせ売り値なんて二束三文。300冊で1000円。2000円行ったら儲け物と予想していたが、買い取り額はまさかのビックリ5000円を遥かに超える金額だった。

…ビックリしたと共に無駄に誇らしい気分になった。そりゃ…いらないと判断してもオレが集めていたマンガだ。決してダメな作品ではなく、集めるのが面倒くさくなった作品や、趣向が変ったからいらなくなった作品。人によっては価値が出て当然のマンガばかりだ。

うんうん満足満足。

ただ…まだまだ処分しなければいけないアレやコレがあるし、マンガだってもっと減らさなければいけない。

はぁ…死ねないのぉ…。

さてさて

そんなわけで、長かった盆の日々も終わり17日からは通常営業に戻りました。

っと言っても、その延長戦で昨日は飲みに行って花火。今日は文化祭行って、その足で川にガサガサ兼釣りのリベンジに行き、夜は飲み会だ。来週は別の学校の文化祭にも顔を出す約束があります。

この盆は本当に色んな人と触れ合い、色んな新しい何かを学ぶ事ができた。「ありがとうございます」と感謝の言葉しか出てこない。

ただね、それと引き換えに少し新しい世界が見えてきたのも事実。

これまで当たり前のように接してきた物が無くなり、新しい付き合いが産まれた。それは喜ばしいようで、実はとても寂しい。

オレは永久不変こそ最も価値のある素晴らしさだと信じている。自分自身もそうでありたいと未だに思っている。だけど、それは叶わない。

ならばその変化を笑うしか生きて行く道がない。

世界は変わって行く。自分自身も変わって行く。

そんな流動的な世界で何を信じて生きて行けばいいのか残念ながらオレにはわからない。

ただ、「楽」と言う追い風はいらないから、匍匐前進。

クソゴミのような歌詞だが、復興のシンボルが歌うと途端に重みが出る。

『知らず知らず歩いてきた細く長いこの道 振り返れば遥か遠くふるさとが見える 凸凹道や曲がりくねった道 地図さえないそれもまた人生』

それもまた人生。

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目安箱

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目安箱